第一三共のエンハーツ戦略 アストラゼネカ・メルク提携の狙いとは

第一三共のエンハーツ戦略 アストラゼネカ・メルク提携の狙いとは 医療

この記事の要点

  • 第一三共はエンハーツで最大7,590億円、Dato-DXdで最大6,600億円をアストラゼネカから受け取る契約を結んでいます。
  • 残る3つのADC(HER3-DXd等)はメルクと提携し、受取総額は最大220億ドル(約3.3兆円)に上ります。
  • 抗体1分子に薬物を最大8個搭載するDAR8設計により、バイスタンダー効果でがん細胞を攻撃します。
  • シーゲン社との特許訴訟は2023年12月の控訴審で逆転勝訴し、2024年3月に第一三共の勝利で終結しました。
  • エンハーツの世界売上高は2024年度に5,528億円となり、前期から1,569億円増加しました。

第一三共はなぜ、主力の抗がん剤「エンハーツ」をアストラゼネカ一社に任せず、開発中の別の3品目をさらにメルクへ託したのでしょうか。結論から言うと、これは権利を手放す「売却」ではなく、品目ごとの開発段階とパートナー企業の強みに合わせて契約を使い分けた、共同開発・共同販促型の提携です。エンハーツとDato-DXdの2品目はアストラゼネカと、残るHER3-DXdなど3品目はメルクと組むことで、開発費用とリスクを分散しながら、契約一時金・マイルストーン・利益分配という複数の収益源を確保する設計になっています。

契約規模で見ると、アストラゼネカとの提携は2件合わせて受取最大額が7,590億円と6,600億円、メルクとの提携は受取最大額が220億ドル(約3.3兆円)にのぼります。いずれの契約でも、第一三共は全品目の製造・供給権を自社に残しており、単なるライセンスアウトとは性格が異なります。

本記事では、DXd-ADCという技術の特徴から、2社との提携内容の違い、シーゲン社との特許訴訟の経緯、業績や日本の医薬品貿易収支への影響、さらに創薬・治験に関わる専門職の年収動向までを、公表資料に基づいて整理します。

DXd-ADCとは 抗体薬物複合体の技術的な特徴

抗体薬物複合体(ADC)は、がん細胞表面の標的抗原に結合する抗体に、殺細胞性の薬物(ペイロード)をリンカーで結合させた医薬品です。第一三共が開発した「DXd-ADC」は、新規のトポイソメラーゼI阻害剤「DXd」と、血中では安定に保たれながらがん細胞内のリソソーム酵素によって特異的に切断される「テトラペプチドリンカー」を組み合わせています。

従来のADC技術では抗体1分子に結合できる薬物数は2〜4個程度が限界とされていましたが、DXd-ADCは抗体の機能を保ったまま最大8個(DAR8)の薬物を搭載できる点が特徴です。さらに、切断後のDXdは適度な膜透過性を持つため、標的抗原の発現が乏しい周辺のがん細胞にも作用する「バイスタンダー抗腫瘍効果」を示す一方、体循環に出た後は速やかに代謝されるとされています。

DXd-ADC技術の画期的な進化
DXd-ADC技術の画期的な進化

エンハーツ承認までの経緯とPMDA審査

DXd-ADCの代表的な製品が、トラスツズマブ デルクステカン(開発コードDS-8201、製品名エンハーツ点滴静注用100mg)です。PMDAの審査報告書によると、化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能又は再発乳がんを対象に、2020年3月25日に製造販売承認を取得しました。承認と同日に間質性肺疾患(ILD)に関する安全対策通知が出され、リスク管理計画(RMP)の運用が義務付けられています。

その後、2020年9月にHER2陽性の進行・再発胃がん、2022年11月にはHER2陽性乳がんの二次治療へと適応が拡大されました。適応拡大が重ねられてきた経緯からは、単一のがん種にとどまらない臨床的な位置づけの広がりがうかがえます。

アストラゼネカとの二つの提携 エンハーツとDato-DXd

第一三共は2019年3月、エンハーツ(DS-8201)についてアストラゼネカと提携し、契約時一時金1,485億円(約13.5億ドル)、受取最大総額7,590億円の契約を結びました。続いて2020年7月には、TROP2を標的とするDato-DXd(DS-1062)についても、契約時一時金1,100億円(約10.0億ドル)、受取最大総額6,600億円の提携を発表しています。

いずれも全世界での共同開発・共同販促契約で、日本国内では第一三共が単独で販売を担っています。国際共同第III相試験を世界最速で進めるうえで、アストラゼネカが持つグローバルな治験基盤と規制当局との関係を活用できる点が、提携の主な狙いだったと報告されています。

提携項目 アストラゼネカ提携①(エンハーツ) アストラゼネカ提携②(Dato-DXd) メルク提携(残り3品目)
契約発表年月 2019年3月 2020年7月 2023年10月
対象品目 DS-8201(抗HER2 ADC) DS-1062(抗TROP2 ADC) HER3-DXd、DS-7300、DS-6000
契約時一時金 1,485億円(約13.5億ドル) 1,100億円(約10.0億ドル) 45億ドル+開発費関連10億ドル
受取最大総額 最大7,590億円 最大6,600億円 最大220億ドル(約3.3兆円)
商業化 全世界で共同開発・共同販促(日本は第一三共単独) 全世界で共同開発・共同販促(日本は第一三共単独) 全世界で共同開発・共同商業化(日本は第一三共単独、メルクへロイヤリティ支払)
製造・供給権 第一三共が保持 第一三共が保持 第一三共が保持
アストラゼネカとの第一の提携
アストラゼネカとの第一の提携

メルクとの提携 なぜ最大3.3兆円なのか

2023年10月に発表されたメルクとの提携は、エンハーツとDato-DXdを除く「残りの3つのDXd-ADC」、すなわちHER3-DXd、DS-7300、DS-6000を対象としています。契約時一時金は45億ドル(約6,700億円)に開発費関連10億ドルを加えた規模で、受取最大総額は220億ドル(約3.3兆円)とされています。

メルク側の動機として報告されているのは、年間300億ドル規模を売り上げる同社の「キイトルーダ(ペムブロリズマブ)」が2020年代後半に迎える特許満了への備えです。キイトルーダと第一三共のADCを組み合わせた併用療法を世界で進める狙いがあるとされます。第一三共にとっても、先行する2品目にR&D予算と人員が集中するなかで、残り3品目の開発費用をメルクと分担できる点は、財務上の負担を抑える意味を持ちます。

第一三共のエンハーツ戦略 アストラゼネカ・メルク提携の狙いとはの解説図

提携に共通するルール 独占的な製造供給権

3件の提携に共通するのは、第一三共が全品目のグローバルな製造・供給権を自社に留保している点です。国内の製造拠点をフル稼働させて製剤をパートナーに供給し、製造にともなう売上を得たうえで、商業化後は利益分配(メルク提携では加えてロイヤリティ)を受け取る構造になっています。契約時一時金やマイルストーンに加えて、製造売上と利益分配という複数の収益源を組み合わせている点が、この提携戦略の特徴です。

シーゲン社との特許訴訟 逆転勝訴までの経緯

第一三共と米シーゲン社(現ファイザー傘下)の間では、2008年から2015年にかけて結ばれていたADC技術の共同研究協定に端を発する知的財産権の係争がありました。シーゲン社は、自社の米国特許(第10,808,039号)の範囲に第一三共のDXd-ADC技術が含まれると主張し、提訴に踏み切りました。

まず、所有権の帰属を争った国際仲裁裁判では、2022年8月にシーゲン社の主張を全面的に否定する判断が出ています。一方、並行して進んでいた米国テキサス州東部地区連邦地方裁判所の特許侵害訴訟では、2023年10月17日の一審判決でシーゲン社の主張の一部が認められ、第一三共に損害賠償とロイヤリティ支払いを命じる判決が出されました。

第一三共はこの一審判決を不服として米国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)に控訴し、2023年12月3日、CAFCは一審判決を取り消す判断を示しました。シーゲン社が期限までに不服申し立てを行わなかったため、2024年3月10日にこの係争は第一三共の勝訴で終結しています。

シーゲン社との法廷バトル:完全勝利
シーゲン社との法廷バトル:完全勝利

業績と日本の医薬品貿易収支への影響

エンハーツのグローバル売上高は、2023年度(2024年3月期)に3,959億円、2024年度(2025年3月期)には5,528億円(前期比1,569億円増)に拡大しました。

一方、厚生労働省の「薬事工業生産動態統計年報(2024年/令和6年)」によると、日本の医薬品最終製品の国内生産金額は10兆2,485億円、輸入金額は4兆2,567億円、輸出金額は8,234億円となっており、輸入が輸出を大きく上回る状況が続いています。

項目 金額(2024年/令和6年)
国内生産金額 10兆2,485億円
輸入金額 4兆2,567億円
輸出金額 8,234億円

第一三共がメガファーマとの提携で得る契約一時金やマイルストーン、そして国内工場から輸出する高付加価値なADC製剤の存在は、こうした医薬品貿易の構造の中で一つの動きとして位置づけられます。ただし、貿易収支全体は他の要因にも左右されるため、単一企業の業績だけで趨勢を断定できるものではありません。

創薬・治験関連職種の年収とキャリアの動き

ADCのようなバイオ医薬品の開発競争が進むなかで、関連する専門職の労働市場にも変化が見られます。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査(令和5年・令和6年)」や職業情報提供サイト(job tag)のデータをもとに、主な職種の年収水準を整理します。

職種 平均年収の目安 特徴
製薬開発技術者・薬学研究者 約544万〜750万円(大手企業では1,000万円超) 大学院修了者が中心。研究成果に応じて上昇
医薬情報担当者(MR) 約618万円(全年代平均) 20代後半で約484万円、55〜59歳で平均790万円がピーク
臨床開発モニター(CRA) 約481万円(経験5年以上で600万〜1,000万円) 経験年数に応じて年収が上昇する傾向
薬剤師(病院・調剤薬局) 約543万円(令和5年)〜599万円(令和6年) 20代前半から比較的高い水準でスタート

臨床開発モニター(CRA)やメディカル・サイエンス・リエゾン(MSL)といった、治験データの管理や医師との科学的な対話を担う職種の人材需要が高まっているとされ、病院や調剤薬局に勤める薬剤師がこうした職種へ転身する動きも見られます。ただし、これらの年収水準はあくまで統計上の平均であり、勤務先の規模や経験、専門性によって個人差があることには注意が必要です。

専門職のキャリアと労働市場の変化
専門職のキャリアと労働市場の変化

よくある誤解を整理する

誤解1: 海外での販売力がないため権利を売却して撤退した
アストラゼネカ・メルクいずれの契約も、権利を譲渡するライセンスアウトではなく、共同開発・共同販促(Co-development & Co-promotion)契約です。利益は50対50で分配され、日本国内では第一三共が独占的な販売権を維持しています。

誤解2: メルクはエンハーツの権利を得るために3.3兆円を支払った
メルクとの契約対象にエンハーツ(DS-8201)とDato-DXd(DS-1062)は含まれていません。この2品目はすでにアストラゼネカと提携済みで、メルクが対価を支払ったのは残る3品目(HER3-DXd、DS-7300、DS-6000)に対してです。

誤解3: 特許訴訟の一審敗訴で巨額の賠償が確定した
2023年10月の米国地裁一審判決では賠償・ロイヤリティ支払いが命じられましたが、同年12月の控訴審(CAFC)で判決は取り消され、2024年3月にシーゲン社が不服申し立てを行わなかったことで、第一三共の勝訴という形で係争は終結しています。

まとめ

第一三共がエンハーツとDato-DXdをアストラゼネカに、残る3品目をメルクに託した背景には、品目ごとの開発段階とパートナー企業の強みを踏まえた使い分けがあります。いずれの契約でも製造・供給権を自社に残し、契約一時金・マイルストーン・利益分配という複数の収益源を組み合わせている点が共通しています。

シーゲン社との特許訴訟は控訴審での逆転により第一三共の勝訴で終結しましたが、法廷での判断は審級によって変わり得るものであり、今回の結果がすべての知的財産係争に当てはまるとは限りません。エンハーツの売上拡大や医薬品貿易収支への影響、関連職種の年収動向も、今後の臨床成績や市場環境によって変化しうる点に留意しておく必要があります。

動画で見る

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よくある質問

エンハーツはどのがんに承認されていますか?

PMDAの審査資料によると、2020年3月に化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能又は再発乳がんで承認され、その後2020年9月に胃がん、2022年11月に乳がんの二次治療へ適応が拡大されました。

メルクとの提携でエンハーツの権利も譲渡されたのですか?

いいえ。メルクとの契約対象はHER3-DXd、DS-7300、DS-6000の3品目で、エンハーツとDato-DXdは含まれていません。この2品目は先にアストラゼネカと提携済みです。

シーゲン社との特許訴訟の結果、第一三共は賠償金を支払ったのですか?

2023年10月の米国地裁判決では賠償・ロイヤリティの支払いが命じられましたが、2023年12月の控訴審で判決が取り消され、2024年3月に第一三共の勝訴で確定したため、支払いは生じていません。

次にやること

気になる症状や治療については、必ず専門家に確認してください。

  1. 症状の相談は、かかりつけ医または地域の医療相談窓口へ
  2. 医療費の負担については、加入している健康保険の窓口で確認する

参考にした情報源

うち官公庁・公的機関等の一次資料 7件。数値は各機関の公表時点のものです。

  • 第一三共、抗がん剤3製品について米Merckと開発・販売契約締結(blog.knak.jp)
  • エンハーツ(トラスツズマブ デルクステカン)の作用機序【乳/胃/肺がん】 – 新薬情報オンライン(passmed.co.jp)
  • 医薬品インタビューフォーム(pins.japic.or.jp)
  • 添付文書 – PMDA 医療用医薬品情報 医療関係者向け(pmda.go.jp)
  • 審査報告書 – PMDA(pmda.go.jp)
  • 審議結果報告書 令 和 6 年 1 2 月 1 1 日 医薬局医薬品審査管理課 [販 売 名] ダトロ – PMDA(pmda.go.jp)
  • 第一三共「最大3.3兆円」超大型提携の中身―3つのADCをメルクと開発・販売 | AnswersNews(answers.and-pro.jp)
  • 第一三共の現況と成長戦略(daiichisankyo.co.jp)
  • 第一三共、メルクとがん領域3製品で開発・商業化契約 – 会社四季報オンライン(shikiho.toyokeizai.net)
  • 第一三共の抗体薬物複合体技術に関する Seagen Inc.との紛争 – 化学業界の話題(blog.knak.jp)
  • エンハーツの特許係争で米国地裁が損害賠償とロイヤリティ支払い命令判決 第一三共(iyakutsushinsha.com)
  • 第一三共 ADC技術めぐる米Seagen社との特許係争 勝訴で終結 – ミクスOnline(mixonline.jp)
  • 第一三共 ADC技術めぐる米Seagen社との特許訴訟 米国連邦巡回区控訴裁判所が一審判決を取り消し – ミクスOnline(mixonline.jp)
  • 2024年度 – 決算説明会 – 第一三共(daiichisankyo.co.jp)
  • 第一三共・奥澤社長「持続的な成長基盤構築」に自信 23年度決算、営業利益は75.5%増(mixonline.jp)
  • 令 和 6 年 -2024- 薬事工業生産動態統計年報の概要 – 厚生労働省(mhlw.go.jp)
  • 「令和6年 薬事工業生産動態統計年報」の公表について – 厚生労働省(mhlw.go.jp)
  • 薬剤師の気になる?年収・給料・収入 – スタディサプリ進路(shingakunet.com)
  • MRの平均年収はいくら?年収が高いといわれる理由や給料アップのポイントを解説(pharma.mynavi.jp)
  • 製薬会社で働く薬剤師の平均年収は?主な仕事内容や転職のポイントも解説(pharma.mynavi.jp)
  • 研究者関連の仕事の年収・時給・給料(求人統計データ) – 求人ボックス(xn--pckua2a7gp15o89zb.com)
  • 【給与明細あり】企業で働く薬剤師の年収や仕事内容を解説(pharmacist.m3.com)
  • 【20年薬事工業生産動態統計】医薬品国内生産額1.9%減~埼玉県が2年連続トップ – 薬読(yakuyomi.jp)
  • 「令和5年 薬事工業生産動態統計年報」の公表について – 厚生労働省(mhlw.go.jp)
  • 第一三共の将来性|5DXd ADCs戦略とAZ・米国メルク提携の強みとリスク(choosenic.com)

本記事は公表された統計・ガイドライン等をもとにした一般的な健康情報であり、診断・治療・特定の医薬品や医療機関の推奨を目的とするものではありません。症状や治療方針については必ず医師等の専門家にご相談ください。

本記事は公表資料をもとに作成した一般的な解説です。制度は改正され統計は更新されます。実際の手続き・判断にあたっては所管の官公庁および専門機関の最新情報をご確認ください。詳細は免責事項をご覧ください。

本記事は公的統計等の調査資料を根拠に、AIを利用して作成し、公開前に数値と表現の検査を行っています。作成手順は編集方針とAI生成コンテンツについてに公開しています。最終更新:2026年7月27日

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